気になるシガーな言葉、Vitola

vitola1Filler、Binder、Wrapper数え上げればきりがないけれど、愛煙家たちは,国籍を問わず英語の葉巻用語をつかって葉巻について語る。葉巻市場のスケールからアメリカや英国の言語が主流になっていくのはあたりまえといえばあたりまえな事なのだけれど、プレミアムシガーが生まれた歴史を考えるとちょっと不思議な感じがする。葉巻が言葉を持ちお喋りを始めたら、それは間違いなくスペイン語のお喋りになるはずだ。すべての葉巻が、スペイン語のネイティブスピーカーであることは疑いの余地がないものね。

ずっと気になっている言葉がある。

今日の葉巻の世界でも、英訳されずに依然と存在し続けている言葉「vitola」 葉巻が生まれた土地を離れ、商品として始めて市場に登場した頃、手を広げて迎えいれたのは、やっぱり英国だった。英国紳士たちは、多分スモーキングジャケットをはおり葉巻を手に大いに語り、英国においての他のジャンルがそうであるように、もちろん本を書いた。今日の葉巻シーンにおいての用語の基礎は、ほとんどこの時代に確立したといっても過言ではない。言葉は英国のスモーキングルームを通り、世界中に広がっていった。葉巻は、アメリカの市場を得ることによってより強固な世界を築きあげた。にもかかわらず、英訳を逃れ生き続けている言葉「vitola」。Frontmark、あるいは shape、あるいは size。これがvitola 英訳である。

気になりながら、実際に使うのには、戸惑いを覚える。必要ならば、英語の用語で表現することを私は好む。自他共に認める愛煙家である私にとって、vitolaは妙に重いのだ。vitolaのもつ形而上の意味を今一つ体感できない自分を見つけるからかもしれない。いみじくも、Guillermo Cabrera Infante氏 (G・カブレラ=インファンテ)が彼の著作「Holy Smoke」の中で、ヘミングウェイでさえも英語で表現することを避けた言葉「 cogida 」あるいは「 cojones 」のような闘牛用語と同列に並べて vitola について論じている。vitola の言葉の概念全体は英訳するどころか、定義されることからも逃れてしまう。なぜなら、vitolaが表現することは、有形の対象にとどまらず、その奥にある究極的なものをも含んでいるからなのだ。形而下な物を表現しながら、形而上の意味あいを含む。vitolaについて考え始めると渦に巻きこまれてしまうから、自然に感じられるまで敬遠した方が無難なのかな。 Fernando Ortiz氏が著した「The Cuban Counterpoint Between Tobacco and Sugar」の中で述べていることが、vitolaという言葉を感じるための手助けとなりそうだ。「葉巻、そしてすべての喫煙者はそれぞれの vitola を持っている。 そしてお互いの vitola は自身に似合いのvitolaを探しだす。」

私は葉巻を選び、と同時に葉巻が私を選んでいる。私という有形な物の奥に有る究極的なものを私の葉巻は見い出すのだろうか?私は、私の vitola と似合いのvitolaを持つ葉巻と出会っているのだろうか?まるで白昼夢みたいだ。私が vitolaを感じることができれば、私はあなた言う。あなたの葉巻のvitolaを教えてくれれば、あなたのことは理解できますと。ちょっと怖いね。

ずっと気になっている言葉がある。「vitola」
まだ使えない。

Posted: April 4th, 2001   |   Category: 葉巻なエッセイ