葉巻の時… エッセイ

essay3ヒュミドールの蓋をあけ、いつもの一本を取りだす。心がときめく。美しく巻かれたシガーの姿かたちをながめたあと、表面を撫で、軽く指で押してその柔らかさ硬さ、そのコンディションを確かめる。目をつむり、鼻に押し当てなめらかにすべらせ、その香りを嗅ぐ。今日はこのシガーと旅をしよう。
慎重に、少しばかり緊張して、シガーカッターで切る。シダーの切れ端に火を付 ける。赤く燃え上がる炎をシガーに近付ける。シャーマンのように拝火教徒のよ うに、夜の静けさだけが支配する部屋で、たった一人の神聖な儀式を行う。

火は原始の人間の魂だ。火によって人はおのが魂と出会うことができる。シガー によって日常的に原始の記憶がよみがえるのだ。日ごろの生活の中でいつのまに か火を見る機会はなくなってしまった。原始、人は火の回りに集まり燃え上がる 炎を見つめ、皆共に生きる者として確かめ合った。火はいつも人の中心に存在 し、それは恐怖であると同時に安らぎでもあった。地上で人間だけが火を我が物 として扱うことができる。火は人間であることの象徴である。火を忘れることは 人間を忘れることに等しいだろう。シガーに火を付けるときこそ、そのことを思 い出させてくれるのだ。シガーを喫むことは人間を取り戻す行為。シガースモー カーはそう信じる。
まんべんなく火が回ったところで、虚空に向かってひとつ大きく煙を吐きだす。 空しさを紫煙で埋め尽くさんとして。心はシガーの煙によって満たされる。 シガーの楽しみは、紫煙を眺めるところにある。あてどもなく流れる煙の行方を 見やるとき、この世界の不確かな意味を知らされる。空間に紫煙が溶け込み、つ いには消えてなくなるのを見ていると、おのが身の儚(はかな)さを思い知らさ れる。

この紫煙の優美な踊り、たおやかに滑らかに、あたかもアラブのベリー・ダンス のようにそれは妖艶でさえある。紫煙は、形が無いものを形あるものとして目の 前に見せてくれる。シガースモーカーはそれを深く味わい経験しているのだ。 人は無形のものを見るとき、この宇宙の在りかを知るのだろう。青い空を流れる 雲の群れ、砂浜に打ち寄せる海の波、木々の葉末を揺らしながら通り過ぎる夏の 風。それらは何と、シガーから生まれるこの紫煙に似ていることだろう。シガーの 紫煙をながめる時、この自分が今宇宙の真っただ中にいることがわかるのだ。頼 りなく、儚く、それでいて最も愛しいもの。シガースモーカーはおのが存在すべ てをこの紫煙に托そうとする。それはとても正しいことだ。なぜならその行ない はこの世界に身をゆだねることにほかならないから。いったいこの世界にいて何 を信じればいいのか。不確かであやふやでとらえどころない世界で、消えゆくも のこそが確かなるものだ。シガースモーカーは、信ずべきは紫煙のひとすぢと覚 悟しているようだ。

この瞬間、このひと時、一本のシガーを味わう時、もはやこれが人生の最後であ ってもいいと思う。刹那的で頽廃的であっても、シガーという快楽に身をゆだね れば、人間であることの歓びを感ぜずにはいられない。この一瞬は永遠の出来事 だ、と信じつつ。

Posted: November 5th, 2000   |   Category: 葉巻なエッセイ