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火は原始の人間の魂だ。火によって人はおのが魂と出会うことができる。シガー
によって日常的に原始の記憶がよみがえるのだ。日ごろの生活の中でいつのまに
か火を見る機会はなくなってしまった。原始、人は火の回りに集まり燃え上がる
炎を見つめ、皆共に生きる者として確かめ合った。火はいつも人の中心に存在
し、それは恐怖であると同時に安らぎでもあった。地上で人間だけが火を我が物
として扱うことができる。火は人間であることの象徴である。火を忘れることは
人間を忘れることに等しいだろう。シガーに火を付けるときこそ、そのことを思
い出させてくれるのだ。シガーを喫むことは人間を取り戻す行為。シガースモー
カーはそう信じる。 この紫煙の優美な踊り、たおやかに滑らかに、あたかもアラブのベリー・ダンス のようにそれは妖艶でさえある。紫煙は、形が無いものを形あるものとして目の 前に見せてくれる。シガースモーカーはそれを深く味わい経験しているのだ。 人は無形のものを見るとき、この宇宙の在りかを知るのだろう。青い空を流れる 雲の群れ、砂浜に打ち寄せる海の波、木々の葉末を揺らしながら通り過ぎる夏の 風。それらは何と、シガーから生まれるこの紫煙に似ていることだろう。シガーの 紫煙をながめる時、この自分が今宇宙の真っただ中にいることがわかるのだ。頼 りなく、儚く、それでいて最も愛しいもの。シガースモーカーはおのが存在すべ てをこの紫煙に托そうとする。それはとても正しいことだ。なぜならその行ない はこの世界に身をゆだねることにほかならないから。いったいこの世界にいて何 を信じればいいのか。不確かであやふやでとらえどころない世界で、消えゆくも のこそが確かなるものだ。シガースモーカーは、信ずべきは紫煙のひとすぢと覚 悟しているようだ。 この瞬間、このひと時、一本のシガーを味わう時、もはやこれが人生の最後であ ってもいいと思う。刹那的で頽廃的であっても、シガーという快楽に身をゆだね れば、人間であることの歓びを感ぜずにはいられない。この一瞬は永遠の出来事 だ、と信じつつ。 |

ヒュミドールの蓋をあけ、いつもの一本を取りだす。心がときめく。美しく巻かれたシガーの姿かたちをながめたあと、表面を撫で、軽く指で押してその柔らかさ硬さ、そのコンディションを確かめる。目をつむり、鼻に押し当てなめらかにすべらせ、その香りを嗅ぐ。今日はこのシガーと旅をしよう。