隕石衝突とキューバ葉巻数ある葉巻の中でもキューバ産の味と香りは格別である。もちろん、キューバ以外にもドミニカ、ジャマイカ、ヴェネズエラ、ホンデュラス、ニカラグア、エクアドル、メキシコ、フィリピン等々素晴らしい葉巻の産地があり、それぞれに味と香りに特徴があって甲乙つけ難い。だが、人により好みは異なるものの、キューバ産の豊かな味と香りは格別だ。その秘密は何か?キューバ人に質問すると「キューバさ」と陽気な答が返ってくるそうだ。
葉巻の味と香りを決めるものを時間の順に列挙すれば、葉、乾燥・発酵・熟成過程、ブレンディング、ローリング、保管状態、喫煙環境ということになるだろう。したがって、乾燥・発酵・熟成過程以降に大きな差がないとすれば、キューバ葉巻の味と香りの秘密は葉にあることになる。葉を決定するものは、種、土壌、気候といったところだろう。しかし、同じ種を用いてもキューバ産の味と香りは再現できないと言われているし、キューバと他の産地の気候は似通っている。以上を考慮すると、その秘密は、やはり土壌にあるということになりそうだ。では、キューバの土壌に秘められた特徴とは何だろうか・・・? アルヴァレスらによれば、今から6500万年前に直径約10km(エベレスト山+富士山の高さに相当する)の巨大隕石が秒速20−70kmの速度で地球に衝突したという。その破壊的な効果が長期間にわたる地球規模の環境変化をもたらし、グロビゲリナ属の有孔虫、アンモナイト、多くの被子植物、そして地球上に1億6000万年ものあいだ君臨した恐竜を含む地球上の全生物種の76%を絶滅させた、というのである。
このときの様子をコンピューターによるシミュレーションは次のように描いている。 この仮説は「小さな変化が徐々に積み重なって大きな変化となる」という地質学および古生物学のドグマに反するものであったため、物理学者の「たわごと」としか受け止めない専門家が大半であった(父ルイスは水素泡箱の開発で1968年度のノーベル物理学賞を受賞した有能な科学者であったが地質学にも古生物学にも素人であった)。この分野の有力な研究者のなかには猛烈に反論を続ける人たちもいた。しかし、アルヴァレス父子らはこれを一つずつ論駁し、有力な状況証拠を積み上げていった。そして、ついにメキシコのユカタン半島北部海岸沖に予想通りの大きさのクレーター(直径約200km)が発見されたのである。チチュルブ・クレーターと名づけられたこの円形構造が6500万年前に巨大な衝突によって形成されたものであることを裏付ける決定的証拠が見出されるに及び、たわごとは定説となった。その決定的な証拠とは、チチュルブの角礫岩内および遠隔地のK-T境界粘土層内の衝撃変性ジルコンである。ここで、K-T境界とは、地質層の白亜紀層(K)と第3紀層(T)との間にある厚さ1cmほどの赤っぽい粘土層のことをいう。K-T境界には、白亜紀を終わらせた巨大隕石衝突の爪跡が刻印されているのである。
アルヴァレス父子が巨大隕石衝突説を唱えるようになった発端は、北イタリアのグビオ峡谷のK-T境界粘土層で見出された異常に高いイリジウム濃度(イリジウム・スパイク)である。イリジウム・スパイクはグビオばかりでなく、遠隔地のK-T境界でも認められた。イリジウムは白金族の元素であるが、鉄とともに地球の芯の部分に分布し地殻内にはほとんど存在しない。一方、隕石中には高濃度で存在する。そこでK-T境界のイリジウム・スパイクは隕石由来と推察したわけである。K-T境界におけるイリジウム濃度と地球表面積から推定されるイリジウムの総量は約20万トン。隕石の平均密度とイリジウム含有率から逆算すると、これだけのイリジウムをもたらす隕石の直径は約10km、形成されるクレーターは直径約200kmと計算される。好奇心旺盛な物理学者による見事な推計というしかない。 K-T境界には、前述のイリジウム(Ir)の他にも、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、クロム(Cr)、砒素(As)、アンチモン(Sb)、セレン(Se)が高濃度に集積していることが知られている。したがって、もしこの仮説(キューバ葉巻のK-T境界衝突仮説と呼ぼう)が正しいとすれば、これらの微量元素のいずれかが旨い葉の生育に貢献していることになるだろう。こんなこと、ありうるだろうか? Ni、Co、Cr、As、Seが生体機能に欠かせない必須元素であることは確立されている。蘇鉄やほうれん草のように根から吸収された微量元素(Fe)が葉の色彩や味わいを豊かにする場合もある。しかし、葉巻の香味形成における微量元素の役割は不明だ。そこで・・・。「キューバ葉巻のK-T境界衝突仮説」を検証するために、次のような実験計画を立案した。
「キューバ葉巻のK-T境界衝突仮説」を検証するための実験計画」
これらの実験を行なうだけの金と時間と情熱のある方はいないだろうか?もしいたら、是非実験に取り組んでほしい。私も葉巻を吸う役の一人として実験に協力する用意がある。 地図帳を開いて見てみよう。キューバはK-T境界衝突のゼロ地点から目と鼻の先にある。この地理的幸運と地層が横倒しになるというプレートテクトニクス的幸運とが重なってこの味と香りが生まれたとするならば、われわれハバナ愛好家は6500万年前に絶滅したアンモナイトや恐竜たちに深く感謝しなければならないだろう。分厚いK-T境界粘土層は、彼らの絶滅の代償としてキューバの大地に残されたのだから・・・。 |