女性の葉巻スモーカー

私の妻が「葉巻を試してみたいのだけど」と言い出した。彼女は私の葉巻好きには理解があるものの、キャンディーを舐めて喜ぶ子供をそばで見ている母親のように、自ら進んで手にすることは一度もなかった。妻の突然の求めに私は少なからず驚いたが、この時を待っていたとばかり、迷わずとっておきのダヴィドフを大小2本取り出した。「ねぇ、これは小っちゃくて可愛いけど、そっちはちょっと大きすぎるんじゃぁない?」ダブル・コロナの、初めて見る者を圧倒せんばかりの長さと太さを警戒してか、早速「そっち」呼ばわりしている。とにかく試してごらんと、私は誇らしげにカットと火の付け方を実演しながらコロナ、そしてダブル・コロナの順に手渡した。「えっ?なんでこんなに味が違うの?小っちゃい方はきつい。でも、これはまろやか」と、「そっち」から「これ」に変化した。「うん、私はだんぜんこっちの方が好き!」と予想通り手放さなかったのは長くて太い方だった……一時間をちょっと過ぎた頃、彼女の指に挟まれたダブル・コロナは元の大きさの4分の1に縮まり、美しいチャコール・グレーの灰、紫がかった煙と消えた。彼女の顔から満足の笑がこぼれたのは言うまでもない。

ladyshops最初の一本。もし、貴女が葉巻を試してみたいと思うなら、葉巻好きの夫やボーイ・フレンドに相談するのがいちばん早い方法である。しかし、周りに葉巻好きが見つからなければ、ニュー・オータニのダヴィドフのように経験豊かな女性スタッフがいるシガー・ショップを尋ねれば、親切なアドバイスが受けられるし、その方がより現実的かも知れない。しかし、もし、最初の1本を初心者だからといってシガリロやプティ・コロナのような小型のものを勧められたなら……その時は、丁寧に断った方がよいだろう。妻の例を上げるまでもなく、貴女にとって葉巻をはじめる最初の1本は、ダブル・コロナのように長くて太いものが最もふさわしい。葉巻に限らず、何事も最初が肝心だと思う。

優雅に。葉巻は、男性的な嗜好品というイメージが極めて強い。ともすれば退廃的でネガティブな印象すら与える。だから葉巻を楽しむ時には、貴女は動作のひとつひとつを極めて慎重に、時間をかけてゆっくりと行うべきである。すると、その荒々しく男性的なものが軽やかにかつ自在に扱うことができる。貴女のしぐさは、あたかもシガレットやキャンディーの類をあしらっているかのごとく見える。その様子を眺めている者の目にも上品で優雅に映り、まわりの雰囲気も自然とおだやかになる。概して良質の葉巻の灰は固く折れにくいものだが、テーブル・クロスが洗いたてであるほど、床が磨かれているほど、また、仕立てのいい美しいドレスを着ているほど、そんな時ほど突如として、その塊が落ちる確率が高くなるのだ。そういったアクシデントを回避するためにも注意深くゆっくりと、エレガントな動作を求められるのである。

潔く。葉巻は好きなだけ好きなように楽しむべし。というのが私の持論である。が、やはり、そこは時と場所柄を選ぶべきであろう。極めてプライベートな場面であれば、かつまた、貴女がその葉巻を美味いと感じているのであれば、ヘッドぎりぎりまで吸っても構わない。しかし、フルコースのディナーの後などは、どんなに美味いと感じても3分の1を残す……序盤から最高潮までのアロマを楽しみ、それから先は、五感で得た葉巻の記憶を余韻として残すというのが美しい終わり方なのだ。もし、自分に合わない葉巻であることを察知したなら、たとえ最初の一口であっても、貴女はいさぎよくそのまま灰皿の上に捨て置くべきである。もったいないと誰が何と言おうとも。ただし、その葉巻の味について批判的なことは決して言葉にしないように。なぜなら、貴女の口に合わなくとも他の人にとっては素晴らしいものであることは、不思議でも何でもないことなのだから。

The main text of this article was contributed by MatchPlay-san, a cigar aficionado in Tokyo.

Posted: November 10th, 2000   |   Category: シガーな人々