Smoke in Gotanda – Part 2

gotandapart2_2今日はクマネサを買おうと思った。しかし私の手元にはCigarは足りていた。だから別にNomura Tobacco Shopに出かけなくともよかったのだが、あの店でCigarを一服したいという思いはつのるばかり。出かける言い訳ばかりを考えていた。部屋にこもり、ひとりCigarを楽しむのもまたいい。しかし、Nomura Tobacco ShopでやるCigarはもっといいのだ。私の孤独をまぎらわしてくれる場所。見ず知らずのシガー・スモーカーに会っても、お互いに吐く煙で気心は知れるというもの。やはり行こう。理由はなくとも。
「やー、いらっしゃい。」

主人のNomura氏はコートを着ていた。どこかにこれから行くのかと思ったが、そ うではない、ただ店が寒いからコートを着込んでいるだけなのだ。それも、襟元 までボタンをとめて、ダンディな着こなしで。 今日の先客は、めづらしくサラリーマン風なシガー・スモーカーだった。どこか ぎこちなく、落ち着かない様子で腰掛け、それでもBigFatのCigarをすでにやっ ていた。見たことのない顏だ。きっとNomura Tobacco Shopは初めてなのだろ う。私は軽く挨拶をして、とりあえずウォークイン・ヒュミドールへ。
扉を開けるとあの豊饒な香りが押し寄せてくる。シガー・スモーカーにとってこ こはどこよりも最高の場所だ。Cigarをくわえたまま、ウォークイン・ヒュミド ールで息絶えたい、とはさすがに私はその境地まで至りえないが、ここは最も好 きな場所だ。いつもの馴染みのCigarや未知のシガー・ボックスのふたを開け、 その香りを嗅いでいると時間のたつのも忘れる。
心ゆくまでCigarの香りだけを堪能したあと、クマネサ数本とキューバものを持 って、私はウォークイン・ヒュミドールを出た。
いつものように私のためにコーヒーが用意され、主人にうながされ、私は椅子に 座る。そして、おもむろに買ったばかりのCigarを一本、カッターで切りライタ ーで火をつける。火が回ったことを確かめ、口にくわえて小さく何度も吸って、 上を向いて煙を大きく吐く。ふと横目で見ると、となりのスモーカーが私の一連 の動作をじっと見ているのに気がついた。
「なかなか堂に入っていますね。」
「そんなことはないですよ。まだまだ。」
上手な彼のもの言いに私は自尊心をくすぐられ、まんざらでもない気分。
「パイプ10年、葉巻20年っていいますよ。」
と主人。一気に地に落とされた気分。私は20年もCigarをやってはいない。はじ めて吸ったのは20年前になるけれど。しかし彼は畏敬の念をもって、私に言う。
「わたしなんかよく吸い方がわからない。それにそんなにうまくCigarを切れま せん。」
「吸い方なんて人それぞれですよ。切り方も吸い口を作ってやればいいだけです よ。そんな神経質にならないで。」
と、20年前に吸った男が偉そうに答える。
「どんなシガー・カッターを使っているんですか?」
「片刃のものを」
「両刃にしてみたらどうです。スパッと切るのがコツ。ためらっちゃダメで す。」
と、またしても20年前に吸った私が偉そうに答えた。
「火の点け方もむずかしい。」
「まあ何本も吸ってみることですね。」
と主人。
ひとり女性客が入ってきた。とてもグラマスだ。
「嗅ぎたばこください。このあいだのものがいいのですけど。」
声にもまた色香がただよい、私は思わず上から下まで眺めまわしてしまった。だ けど彼女から「なによこのひと!」というするどい視線を逆にあびせられた。
主人はWilson社のCrumbs Comfortを出してきた。
私は彼女が鼻先に粉をもってきて一気に吸う姿を想像した。
「あれはダンナがやっているんですよ。なかなか通でね。背中にキズがあるけ ど。」
ということは彼女もまたそうなのだろう。やはり女性の嗅ぎたばこは姿は美しく ない。
「白い粉の嗅ぎたばこもあるんだけど、誤解をまねくおそれがあるんで、うちに は置いてない。」
それはそうだろうなと思った。
「噛み煙草知ってます?それも口の中に入れとくだけというやつ。あれはだめだ ね。涎が口のわきからダラダラ流れる。だらしないですよ。日本じゃ絶対流行ら ない。それも置いてない。」
また一人、高いヒールの女性が入ってきた。今日は女性客が多いNomura Tobacco Shopであった。彼女はどうやらCigarを物色しているようだ。Cigarをプカプカや っている我々の方を見ながら、睇(ながしめ)のような、それはあきらかに誤解 をまねく目を向け、何かアドバイスしてくれないかなぁと訴えていた。そこです かさず、主人。
「葉巻をおさがしですか?」
「えっ、ええ、プレゼントをしようと思って…」
「どんなものがいいのでしょうね。いくらくらい?」
「よくわからないんです。」
「まあ、ダビドフあたりがいいと思いますよ。」
「じゃそれを。」
いったいどういう男がそのダビドフを吸うのだろうかと想像した。その男は、女 性からCigarをプレゼントされて完全に有頂天になって舞い上がり、吸い慣れな いCigarをさも長年親しんでいるといった風に自慢気に、それこそ世界を征服し てしまった気になって偉そうな態度で吸うに違いない。幸せな男だ。
「ニクを食べた後がCigarは美味しいですよ。」と主人。
いったい何をこの人は言っているのだろう、と驚いた表情を彼女はしてみせた。 私はそれにフォローした。
「そうそう、ステーキとか。食事の後で。」
となりのスモーカーも、
「ブランデーとかやりながらね。」
と、いっぱしのことを言った。
彼女はラッピングされたCigarを満足そうに見て、我々Cigar吸い男たちをあとに して颯爽と夜の町へ出て行った。
そのあとにすぐ、一人の青年が入ってきた。どこか消沈した顏をしている。私は 初めて見るが、彼も常連らしい。主人は椅子に座るようにうながした。我々は席 をつめる。彼はポケットからシガリロを取り出すと、一本点けた。
「昨日、祖父の葬式がありました。僕は祖父の影響をとても強く受けて、Cigar は祖父に教わりました。祖父はパルタガスが好きでよく吸っていましたよ。だか ら柩にいっしょにパルタガス・ルシタニアスを何本か入れてやりました。」
その青年は懐かしそうに煙を細く吐き出した。彼の話を聞いて、私は火葬場の煙 突から馥郁たる煙が出て、さぞあたりはいい匂いがたちこめたにちがいないと思 った。それを言おうか言うまいか喉まで出かかってやめた。みんなの顰蹙をかう こと当然なので、彼が吐く煙にならってその言葉のかわりに私は煙を吐いた。主 人は目をほそめてその美談を聞きいっていた。
彼は一通り生前の祖父をほめたたえ、思い出のパルタガスを数本買って出ていっ た。
そしてまた一人、今度はにこやかな顏をした中年の男が入ってきた。持っていた カバンを床に置くと、中から近所で買ったとおぼしき白カビチーズを取り出し、 主人に差し出した。
「シガー・アドバイザーの認定試験、とうとうやりました。」
となりのスモーカーは煙を一つ吐き、私の顔を見て微笑を浮かべこう言った。
「ほんとに、この店で吸うCigarはおいしいですね。」と。

Posted: January 10th, 2000   |   Category: 葉巻な場所