Smoke in Gotanda – Part 5

gotandapart5_1五反田の駅を降り、野村Tobacco Shopに向かいながら、今日は何のCigarをやろうかと考える。と同時に今日はどんなシガースモーカーが来ているだろうかと期待してしまう。最近の野村Tobacco Shopは大盛況である。金曜や土曜となると、座る椅子が無いほど客であふれている。鼈甲メガネをかけた男。小太りで野球帽を目深にかぶった男。昼過ぎからもう6時間もいる男。風邪をこじらせ肺炎になり、それでもCigarを吸い続けた男。Cigarの魔性に魅せられ、全種類制覇しようと試みる外科医。
私は立ったままCigarに火を点け、悠然とそれらシガースモーカー達をながめる。

gotandapart5_3客が来てショーウインドーの邪魔にならないように誰かが席を立ったとき、その椅子はもはや誰の物でもなくなる。立った時点で所有権は放棄され、座りたい者が座るべき椅子となる。数少ない椅子が満席になると、ついには三段ほどのアルミ製の脚立までが登場するのだが、これは主人の指定席となっている。ここに座ろうものなら、主人は丁寧に、そんなところお客さんが座るべきではないと言って、自分が座ろうとする。だから仕方なく立っていることになる。それを見て人のいいシガースモーカーは席を譲ろうとするのだが、どうぞと言われても座れるわけがない。別に杖をついた老人ではないのだ。足が悪いわけでも疲れているのでもない。だけど、譲ろうとして席を立ってしまった手前、また座り直すのは気が引けるというもの。その椅子は自ずと誰も座ることなく空いたままになってしまい、立っているものは二人となる。そうこうするうちに一人が帰ると椅子が空く。ここでようやく皆、椅子に座ることができた。
「うちの会社でなんでも信じてしまう女性がいるんですよ。」
鼈甲のような黄色いメガネをかけ、流金がたくさん泳いでいる派手なアロハシャツを着たシガースモーカーが、これから面白いことを言うぞ、言うぞといった風に話しだした。
「新潟にトキを美味しく食べさせる焼鳥屋があるよ、と言ったんですよ。そしたら彼女、あたし焼き鳥大好き、行ってみたい!なんて。」
そんな店、あるわけない。それでも私は強烈な香りのカマチョ・コロジョに酔い痴れながら、ひょっとして佐渡島から飛来してきたトキを捕まえて料理する焼鳥屋が新潟に一軒くらいあるかもしれないと思っていた。
「九州の方に、金さん銀さんの剥製を展示してある博物館があるよと言ったら、そんなのも信じちゃうんですからね。」
私は大笑いをした。さすがにそれだけは見たくない。
「やあ、いますね。」
と、髭の紳士がにこやかに入ってきた。もう席は無い。私は立ち上がって、椅子を勧めようとしたが、紳士はそれを押し止めた。
「いいですよ。すぐ帰りますから。」
と言いながらも、ルイ・ヴィトンの鞄からシガリロを取りだし、立ったまま一本点ける。
「今日はもうお帰りですか?早いですね。」
と私。
「いえね、肋骨にヒビがいってしまいましてね。どうにも痛くて帰るんですよ。」
「え!?どうしたんですか?ケンカでもしたんですか?」
紳士はしばらく黙って、笑いながら言った。
「息子とちょっとやり合ってね…」
何て仲の好い親子だろう。昨今親子の断絶が言われて久しい中にあって、それが暴力的な親子げんかにしろコミュニケーションをとるというのは、未だ家族崩壊を起していない証 拠だろう。 「ヤツは私の留守にビールを勝手に飲んでいたんですよ。まだ18だというのに。ケジメをつけなきゃなんないと思いまして、殴ってやりました。そしたらヤツぶつかって来てね。最初は気づかなかったけど、一日したら息もできないくらい痛みだして、参りましたよ。
その後、息子は携帯であやまってきました。」
「大の男ふたりが暴れたらさぞ家の中は大騒ぎだったでしょう。」
紳士は苦笑いをしながらも嬉しそうだった。
「でもよかったんじゃないですか。父親の存在があるということを息子さんは知ったでしょう。世間ですよね父親って。」
紳士には悲惨な面影が見えない。どこか満足げだった。一人前になった息子を誇らしく思う父親がそこにはいた。独身者ばかりのせいか私たち父親二人の会話を誰も聞く者もいな
い。皆それぞれCigarを楽しんでいる。
「すごい雰囲気ですね。」
女性客が一人入ってきた。さすがこのときは皆一斉に席を立ち上がった。彼らは女性シガースモーカーに対しては滅法優しい。
「いえ、今日は営業できました。」
そう聞いた途端、皆またもとの席に座り直した。
「ハバナのシガーは何でもそろってます。」
「並行輸入?それはちょっとね。契約している会社があるから。」
と、主人がそれに答えた。
「いえ、私共もちゃんとした会社です。某輸入会社に知られたら、あたし殺されちゃいますけど。」
なんとも物騒な話をしている。葉巻業界の実態がどうなっているか、私は知らないが、ひとりのシガースモーカーとしては、吸いたい葉巻が手に入ればいい。それも安く。
「営業に来たんなら、そのリストを見せてくださいよ。」
彼女はリストを選び、見せていいものだけを取りだして、しっかり閉じたミニスカートの膝の上にひろげた。そのあたり営業として狡猾。
「あ、これなんかいいな。中々手に入らない奴だよ。」
聞いたことのないハバナものが並んでいる。シガーの煙が立ち込める中、色気を立ち込めながら、男たちに囲まれている。それを見て主人は怪訝そうな顏をしているが、美人の営業だもんだから莞爾として黙っている。
野村Tobacco Shopの主人は筋金入りのフェミニストである。特に若い女性に対しては。野村Tobacco Shopに来るシガースモーカーなら誰でも知っている、主人が生粋のフェミニストだということを。それも若くて美人でなければいけないと。
むさくるしい男の顔を見ながらCigarをふかすよりも、奇麗な女性を眺めながらやるほうが確かにいい。この日もひとりの女性が野村Tobacco Shopを華やかなものにしていた。しかしシガースモーカーという者、にぎやかな場所も好きだけれど、ひとり孤独に一本のCigarに火を点け、群れから離れるというのも好きなのである。ここ野村Tobacco Shopはそれを同時にできる場所だ。別に話たくなければ黙っていればいい。そっぽを向いて煙を吐き出していれば、誰も話しかけないだろう。寡黙にCigarを吸い続ける男の姿は神々しくもある。近寄りがたい存在にしてしまうのもCigarである。もしも孤独をまぎらわしたく思ったら、ニコニコしながらCigarをふかせばいい。誰かがそれを見て「美味しそうにやってますね。それ何ですか?」と言葉をかける。
よくぞ聞いてくれましたと、たちまちCigar談義に花が咲くことになるだろう。
「それなんですか?」
昼過ぎからいるシガースモーカーが聞いてきた。私の顔がほころんでいたからだろう。
「カマチョですよ。強烈ですが香りがいいですよ、これは。」
「へえー知らない銘柄だなぁ。ちょっと試してみよう。」
「いつもはどんなものを?」
「何でもですね。ドミニカのものが多いですが、キューバもたまに。」
「ぼくはドミニカではいいものに出会ってないなぁ。ホンジュラスのものは好きですけど。」
たわいもないCigarの話でも、その話がCigarの美味さをさらに増す。
今夜も野村Tobacco ShopにはCigarの香りが満ちている。

Posted: January 7th, 2002   |   Category: 葉巻な場所